サッカー選手の才能との向き合い方、考え方。競争の中で折れないために。

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人にはそれぞれ、産まれ持った才能というものがある。

それはサッカーに本気で取り組む上で、避けては通れない現実だ。

 

 

しかしこの言葉に踊らされてしまえば、幸せなサッカー人生を歩むのは大変に難しくなる。

 

そこで今回は、筆者が現役時代に悩み抜いた結果導き出した独自の才能に対する考え方とともに、どう向き合うべきかをお伝えしていきたい。

決して筆者の考え方が正解だとか、絶対こうするべきということは全くない。

 

だが、この考え方を知ることで誰か一人でも救いになれば、これほど嬉しいことはない。

 

 

 

 

 

 

大前提の考え方

 

 

まず大前提として、知っておかなければならないことがある。

それは、

 

「スポーツは才能を含めた競争である」

 

ということだ。

もっとわかりやすく言えば、

 

「才能があるからズルい」

 

という言葉は何の役にも立たないということである。

 

 

「相対評価」
「絶対評価」

 

 

この二つの言葉、そして意味をご存じだろうか?

 

相対評価とは、集団内での比較に基づいて評価する方法

絶対評価とは、特定の目標の達成度に基づいて評価する方法

~~~出典・・・https://media.unipos.me/hyoka

 

 

 

それぞれこのような意味を持っている。

 

ごく簡単に噛み砕けば、

 

「人と比べて評価が決まる」

それが相対評価。

 

「人に関係なく、ある指標のみによって評価が決まる」

それが絶対評価だ。

 

 

具体的な例でいえば、テストの点数は絶対評価、テストの順位や偏差値は相対評価となる。

 

 

そして一般的に、競技は人と争うものである。

 

 

相手よりも点を取ったのか。
相手よりも早くゴールしたのか。
相手よりも優れた演技をしたのか。

 

勝敗は当然ながら、競争によって決まる。

 

 

あるいは選手としての大成。

 

他の選手よりも優れていれば控えではなく、試合に出ることが出来る。

更に見いだされればプロになる、スカウトされる。

 

他の選手よりも圧倒的にうまいごく一部の上位層がプロになる、と考えればいい。

 

プロになれるかどうか、試合に出れるかどうかは相対評価によるものなのだ。

 

 

このような競争において、才能は立派な武器である。

それをただ羨ましがったり、ズルいと喚いてもなにも起こらないし、何一つ変わらない。

 

 

才能に溢れた人達とも真っ向から勝負しなくてはいけない。

それを理解することから始めよう。

 

 

君もそのうち出会うだろう。

 

根本からすべてが違う化け物たちに。

 

 

 

才能について定義してみる

 

 

 

才能については、以前にこんな記事を書いた。

 

 

この中で書いた

 

才能とは上達の効率であり、上限

 

 

について掘り下げていきたい。

より分かりやすくするため、能力値が数字化される短距離走を例に挙げてみる。

 

 

①上達の効率。

 

 

これは練習量に対する成果の差だ。

複数人で同じ練習をこなしても、タイムの縮み具合には大きな差が着く。

全く同じ成果ということはほぼあり得ない。

 

この差の原因が、才能に当たると筆者は考えている。

サッカーで言えばフィジカルだけでなく

 

・判断力
・視野の広さ
・危機察知能力

 

などに差が出るのは皆様重々承知だろう。

このスピードを決定付ける因子が才能の一つであることは誰しもが感じているはずだ。

 

 

②上達の上限

 

 

現在、100m走において世界最速の記録を持っているのはウサイン・ボルトだ。

一般的な男性がどれだけ努力をしても、才能の限界まで成長してもボルトより速くなることはほぼあり得ないだろう。

そもそもボルト以外の世界トップの短距離選手は全員そのレベルまで努力しているはずである。

 

研究がかなり進んでいるであろう短距離では、この上限という考え方が大きいのではないかと筆者は考えている。

 

 

それはきっとサッカーでも同じだ。

 

誰がどれだけトレーニングしても、メッシには成り得ない。

それを「努力すれば夢は叶う」と言い切るのは、メッシの才能を侮辱していることとほぼ同義だと筆者は思っている。

 

個人個人には、それぞれ自分の限界がある。

その限界を超えることはできない、その差が才能なのだと思う。

 

ワールドカップというのは、世界中のエリート選手が集まる戦いだ。

その舞台に立てること自体も才能の差、その舞台の中で明確に優劣がついてしまうのも才能の差。

なぜならそこにたどり着くまでに、彼らは血のにじむような努力を当然のようにしているだろうから。

 

 

人にはそれぞれ上限があるのでは、という考え方はあながち間違っていないと筆者は思う。

その上限が突出して高ければ、成長スピードが早いという才能が同時に発出する可能性も高い。

 

上限が100の選手が10成長するトレーニングを、上限が500の選手がこなせば50成長する可能性は十分にある。

成長を伸びた分ではなく、自分の限界までの割合として考える手法である。

 

 

 

なぜ「努力すれば夢は叶う」と言われるのか

 

 

 

成功したアスリートのメッセージを見ると

 

「努力は自分を裏切らない」

「努力すれば夢は叶う」

 

というメッセージが多く見られる。

 

これはある側面において正しい。

彼らはそれだけの努力をして、成功を手に入れたのだ。

そして彼らは、彼女らは幸運にも成功に届くだけの才能も有していた。

 

 

だが、ある一方で正しくはない。

どれだけ努力しても、届かない才能の壁は存在するからだ。

努力が少なくても圧倒的才能で成功を手に入れる者もいるだろう。

 

努力をすれば叶う可能性は上がるかもしれないが、叶う保証など全くない。

選手として成功するのに必要なのはたった一つ、実力だけだ。

才能由来でも努力由来でも良い。

お金を払ってでも欲しがられる選手か否か、それだけで決まってしまう。

 

 

 

この事実が見えにくくなっている理由に筆者は思い当たった。

 

ヒントとなったのは往年の名作ゲーム

「プロサッカークラブをつくろう!3」

である。

 

 

 

 

 

このゲームには残酷にも、選手ごとに能力が事細かく決められている。

これをサカつく用語で

「素質限界」

と呼ぶ。

その選手が到達し得る最高地点の能力値である。

 

 

一方で、その素質限界の下に

「仮限界」

というものがある。

特定のトレーニングやイベントをこなさないと仮限界は成長せず、素質限界とはほど遠いところで成長が止まってしまう。

 

もちろんトレーニングを十分にこなせていない場合は仮限界にまで届かず、選手は引退してしまう。

 

 

つまり、自分の素質の限界に届く選手はごく一部なのだ。

 

 

これ、おそらくだが現実でも同じだろう。

 

自分の素質の限界に到達できない要因は山ほど考えられる。

指導者のめぐり合わせ、チームメイトのレベル、ケガ、熱意、チームの環境・・・

 

 

地域の少年団でお父さんコーチに教わりながらサッカーを続ける選手と、年代別日本代表に選ばれ日本トップクラスの指導者と設備の中でトレーニングする選手では得るものが大きく変わってしまうのはどうしようもない。

 

そういった事情を踏まえたときに。

 

「才能は豊かだが成長しきれなかった選手」

「才能は乏しいが限界まで成長できた選手」

が上回ることが頻繁に起こっているだろうと想像ができる。

 

それを「努力は才能を上回る」と捉えることは可能だ。

 

つまり持たざる者に出来ることは、

 

「自分の限界に挑むこと」

 

ただそれだけなのだ。

それ以上も以下もない。

 

 

 

「それでは才能ある選手が努力したら勝ちようがないじゃないか!」

 

 

そうおっしゃるのももっともだ。

筆者もそこに長らく苦しんでいた。

 

「なぜあいつより努力しているのに追いつけないのだ・・・」

 

という精神状態は非常によろしくない。

 

 

この考え方、この機会にぜひ改めてみないか?

 

 

 

自分の中に「絶対評価」の軸を

 

 

 

人と競争するのが相対評価だと先ほど述べた。

 

ということは、スカウトやコーチが常に相対評価してくれているわけだ。

トレセンに選ばれるのも落ちるのも、スタメンになるのも控えになるのも全て他人がする相対評価だ。

 

だったらせめて、自分だけでも絶対評価をしてあげようではないか。

 

 

自分が少しでも成長できているか、なにか得た物はあるか。

評価軸は他人に置かない方が良いと、筆者は長い選手生活で感じた。

ここからはその理由を述べていきたい。

 

 

理由①モチベーションがぶれない

 

 

トップアスリートからよく聞く言葉として

 

「ライバルは自分自身です」

 

という言葉をよく聞く。

別に強すぎてライバルがいないわけではない。

自分が成長することがいかに大事かを知っているのだと思う。

 

過去の自分と今の自分を常に比べるのだ。

 

もしチームメイトに全く敵わず一人だけ落ちこぼれてしまったとき。

あるいは強豪チームに加入したらレベルが違いすぎたとき。

他人との競争をモチベーションの全てにしてしまっては、心が折れてしまう。

 

だが、過去の自分を超えようとすれば、少しでも成長しようと藻掻けば世界が変わる。

 

「この前出来なかった課題が少し出来たな」

「奪われる回数が減ったな」

 

そんな小さな進歩を積み重ねることは、自信とモチベーションに好影響をもたらすだろう。

自分がぶれないために、ブレない絶対評価軸を自分の中に持つべきなのだ。

 

 

 

理由②他人を羨む時間が減る

 

 

他人との競争は確かに自分を成長させてくれる。

これは紛れもない事実だ。

同じポジションを争うライバルであったり、伝統校同士の意地だったり。

 

ただ、その意識はふとしたきっかけで妬みや羨ましいという感情になってしまう。

 

筆者も散々他の選手にそんなことを思った時期がある

 

「足が速くて羨ましい」

「背が高くて羨ましい」

「足下の技術を小さい頃から教わっていれば」

 

と何度も過去の自分を恨んだし周囲を妬んだ。

 

だがこの時間はもったいないと気付いた。

 

他人から学んだり見習うのはいいが、羨んでも得るものは少ない。

負けたくない、という気持ちがモチベーションになるがその気持ちをトレーニングや学習に向けなくては上達しない。

 

選手生命は限りが有る。

有限な時間を活用することを考えれば、落ち込んだり人を羨む時間は生産性が高いとは言えないだろう。

 

 

 

理由③サッカーが楽しくなる

 

 

筆者が最も伝えたい部分はこちらである。

 

サッカーは勝つから楽しい、上手くプレーできるから楽しい。

それも一つの楽しみであることは間違いない。

 

だが、選手として最も幸せなのは、

 

「自分の成長を実感できたとき」

 

なのではないかと長年の落ちこぼれ生活を経て筆者は思った。

 

もし自分の成長が選手としての幸せだと認識できれば、周囲のレベルや指導者の質、大会の結果など様々な要因に踊らされること無くサッカーを愛してプレーを続けることが出来るだろう。

 

筆者がそう思うようになった理由は、高校で燃え尽きた選手があまりにも多い現実を見たからだ。

 

 

 

サッカーを長く愛するために

 

 

筆者の進学した高校は、全国を目指すレベルだ。

当然、腕に覚えのある選手達が集まってくる。

 

だが同級生のほとんど、割合にして90%以上が高校で選手を辞めてしまった。

理由は様々だ。

プロになれないと分かった、試合に出られない、疲れた、燃え尽きた・・・

 

皮肉な物で、選手権にスタメンで出場した選手が引退し、スタンドで太鼓を叩いていた筆者はプレーを続けた。

 

今思うとそこにはモチベーションの差があったのでは無いだろうか。

周囲から期待され結果を出すことが求められると、結果がモチベーションになってしまうのかもしれない。

筆者は選手として期待された経験がほぼ無いから想像でしか無い。

その代わり、自分が少しでも上手くなることに全力を注いだし楽しみを見出した。

 

もし日本中のサッカー少年がその楽しみに気付けたなら、きっとサッカー界はもっと面白くなる。

 

だからこれを読んだ選手のみんなは、是非自分の中に成長という楽しみと評価軸を見つけて欲しい。

そして指導者の方々や親御さんは、周囲の選手では無く過去の本人と比較してあげて欲しい。

 

そのブレない成長を目指す姿勢は、才能よりも人生において財産となるはずだ。

 

 

 

才能と向き合い、自分と戦え

 

 

選手としてのゴール地点は才能によって変わること。

選手として目指すべきは、自分の才能の限界。

 

この二点は本当に知って欲しい。

プロになるだけがサッカーじゃない。

結果だけにこだわれば、才能のないものの価値はなくなってしまう。

 

だが、サッカーはそんな狭い物じゃ無いんだ。

自分が楽しいからプレーする、それを忘れてはいけない。

自分が上手くなるのが楽しい、なんと素晴らしいことだろうか。

 

40歳を過ぎても草サッカーを全力で楽しむのもプロになるのと同じように尊い行為だ。

 

誰もがプロになれるわけでは無い。

それを理解した上で、存分にサッカーに打ち込んで欲しい。

 

 

そしてプロになれず諦めた全ての人へ、過去の自分も含め。

努力が足りなかったからと自分を責めるのは辞めよう。

ただただプロになれた素晴らしい選手達を賛辞しよう。

 

 

そうすれば、サッカー界はもっと素敵な物になる。

 

 

 

 




 

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@山田有宇太

 

 

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