「感情を理屈でねじ伏せる力」は上達に必要だと思う話

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最近考え込むテーマの一つに

「上達に有利なメンタル、性格があるのではないか」

というものがある。

こういった研究がされているのかどうか、少し調べて見たのだが筆者のサーチ能力が低いのか、なかなかそれらしいものが出てこなかった。

そこで今回は、あくまでも筆者の経験上からしかお話しできないが、それを前提とした上で上達のために必要なメンタリティについて考えてみたいと思う。

といってもタイトルで明かしているように、折れない心よりも立ち直りの早さ、感情を理屈でねじ伏せる力が大切なのでは無いかと考えている。

 

なぜそんな結論に至ったのか、筆者はこれらを持っていなかった結果どうなったか、それらも含めて順に書いていきたい。

 

 

 

 

 

筆者のメンタル

 

まず始めに失敗例、悪い例として筆者のメンタルの特徴を挙げ、それによりどんなデメリットがあったのかを羅列していきたいと思う。

 

すぐ心が折れる

 

まずはそもそもメンタルが決して弱くないという話。割とすぐに折れる。幾度となく辞めたいと思ったし、練習に行きたくないなと思うことも多かった。

特に顕著になったのは、高校進学時と社会人リーグに参加したとき、いずれも周囲とのレベル差が明らかになってからだった。一つ一つのミスに落ち込むようになり、すぐ心が折れるようになってしまった。

また怒られるのがとても苦手だった。変に生真面目な部分がそうさせたのかもしれない。

生真面目とは度が過ぎるほどの真面目な性格のことである。 概要 度を超した真面目とでも言うべき性格である。 真面目という性格はポジティブなニュアンスで用いられる事が多いが、生真面目になるとネガティブな要素も含まれてくる。

引用・・・生真面目 (きまじめ)とは【ピクシブ百科事典】

怒られたときに、「気にしない」という選択肢を取ることが出来ず、心にダメージを受けてしまう日々を過ごしていた。

視点を変えれば、そうならない声掛けが指導者には必要なのかもしれない。だが現実としてそういった指導者は少ないだろうし、メンタルを追い込まれる現場はとても多いと思う。そこに適応することも必要なメンタルの強さだったのだな、と辞めてから痛感するようになった。

 

チャレンジが出来なくなる

 

そういった欠点を持っているとどうなるか。チャレンジが出来なくなっていく。ミスしたら怒られる、奪われたら・・・と考えないようにしていても咄嗟に安全策に走ってしまう。結果として、自分が今出来ていない、習得するべきプレーに挑戦する機会を失ってしまう。

これは間違いなく甚大な機会損失だ。時間を無駄にしているといってもいい。生産性の高いトレーニングを自ら放棄してしまっているのと同じだ。

 

メンタルの切り替えが下手

 

そして練習が終わってからも凹み続ける。ミスした自分に加えて、チャレンジを放棄した自分。ダブルで自己嫌悪だ。紅白戦のあと、誰とも話せずに凹み続け涙をこらえるような日が少なくなかったことを思い出す。

練習が終わっても引きずる、練習の1セクションが終わっても引きずる、試合中のミスも引きずる、とその場だけではなく後にまで影響を及ぼしてしまっていた。

 

筆者が必要だと思うメンタリティとは

 

これらは独立した事象ではなく、連鎖的に起こるものだと思う。その連鎖に抗おうとしながら、現役時代に一つだけ必死に考えていたことがある。それはきっと間違いじゃ無かった、と今なら思う。更に発展、整理させれば誰かの役に立つはずだと考え、今この記事を書いている。

ではどうすれば良かったのか、過去の自分を救うために順序立て整理しながら説明していきたい。ここからを是非参考にして欲しい。

 

立ち直る早さ、切り替え

 

1プレー毎に心が折れるのはある種諦めるしか無いと思う。真面目な性格の選手ほど落ち込みやすいし、まともに受け止めてしまう傾向があるのは間違っていないのでは無いか。

落ち込みやすい人の特徴、と調べると真面目な人と多くのページで表示されるのも頷ける。だから心が折れないように、とは言わない。

立ち直るのをできるだけ早くしていこう。理想はミスをして心が折れても次のプレーで立ち直っていることだ。心が折れている時間が短く損失がほぼゼロであれば、それは心が折れない人と変わらないと考えることが出来る。

心が折れている自分を客観視し、少しでも早く立ち直れるように自分を律することが出来れば成長スピードは上がると言えるのでは無いだろうか。

 

チャレンジする大切さを理屈で理解する

 

練習とは、出来ないことを出来るように習得することだ。だとすれば、チャレンジを放棄した練習というのは格段に成長スピードがが落ちる。そんな理論を持ち出さずとも、練習で自分のベストパフォーマンスに挑まなければ向上しないのは明白だ。

それらを考えたときに、チャレンジする心を失ってしまった練習は時間の無駄になってしまうという生産性という観点を持つことが出来る。挑戦しなければ、なぜ成功しないのかのヒントを掴むことが出来ない。理屈として、トレーニングでチャレンジする重要性を認識しておくことは、心を立て直す原動力の一つになるはずだ。

 

生産性を上げる意識を持ち続ける

 

上記したように、生産性という観点を持つことはとても大切だ。自主トレは時間の都合と体力が持つ限りは量を増やすことが出来る。だがチームで行うトレーニングはそうはいかない。一回の時間にも限りがあるし、回数だって限りがある。ということは、実戦的な対人トレーニング、いわゆるオープンスキルを磨く場は思っている以上に限りがあるのだ。

それを理解したとき、先に挙げた「生産性」という観点が大きな意味を持つ。普段行っている2時間程度のトレーニング。その密度を、質をどれだけ高めることが出来るか。どれだけ集中して課題と向き合うことが出来るか。そういった思考を持つようになれば、心が折れている暇が無い、という焦りが生まれるはずだ。

 

感情を理性でねじ伏せる

 

ここまでに挙げてきたポイントは、いずれも理屈として正しいと思う。少なくとも筆者は正しいと思ったから後悔をしている。あのとき、心を立て直して何度ボールを奪われても挑戦してみれば課題を克服できたのでは無いか。血反吐を吐いてでも要求に応えようと藻掻けば違ったものが見えたのではないか。全てはもう過ぎ去ってしまったことだ。だから誰かに伝えたい。

 

相手がいて、指導者が見てくれて、挑戦できるトレーニングというのはとても貴重なものだ。だから心が折れても、すぐに立て直して生産性の高い、密度の濃い時間を過ごさなくては成長できない。

そのために最も必要なのは、

「感情を理性でねじ伏せる力」

なのかもしれない、と最近思うようになった。実際には選手時代から考えていたが、筆者には覚悟が足りなかったのだと思う。

 

怒鳴られたり叱られたとき、恐怖を感じること自体は仕方ないと思う。あるいはボールを奪われること、チャレンジして失敗することを怖がることもそう、本能から来る感情だ。感情を抑制するのは難しい。だから感情自体を消そうと考えると迷走しがちだ。悩んでいる時間がもったいない。

考えるべきは、自分の恐怖心を「生産性を上げるために」という理屈でねじ伏せる力を付けることなのでは無いか。

確かに、レベルが高い環境で前を向くトラップは怖い。プレスは早いし体は強いし、奪われる可能性の方が高いかもしれない。だがそれを怖がって挑戦しなくては、一生できるようにはならない。その恐怖心を「上手くなるために何度もチャレンジする」という理屈と意志で凌駕することを目指した方が良いのではないか。

 

もちろん一朝一夕に出来ることでは無い。だが心が折れる度にこの理屈を思い出して欲しい。自分が成長するために今何をするべきなのか、それを常に見つめれば成長スピードは加速する。課題、恐怖心と真っ向から向かい合ったものだけが成長を手にすることが出来る。筆者は逃げ出してしまった。逃げ出した後悔は寿司沼で消えないだろう。是非、自分と戦って欲しい。

 

 




 

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@山田有宇太

 

 

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